可能形と「ら抜き言葉」

“帰れる”は「ら抜き言葉」ではない

「ら抜き言葉」は日常生活では許容していますが、仕事柄あまり使わないようにしています。

先日、ネットのお悩み相談やQAサイトを見ていたときのことです。

「帰られる」

文脈はよく覚えていませんが、内容から「可能」の意味で使っているとわかりました。

a. 私は17時には家へ帰られません。残業が終わり次第といったところです。
b.(会社で)鈴木部長はもう帰られましたよ。
c.(病院で)薬を渡す前に、患者に帰られてしまった。

例としてはこんなかんじです。「帰れません」が正しい可能形ですよね。「帰られる」は、bの「尊敬」か、cの「受身」の場合は良いです。( ・ω・)「ら抜き言葉」の弊害か…。

グループ分けで違いを見比べる

1グループで「○○-る」の形をとる動詞は、「可能形」の場合、ら抜き言葉に見えますが、ら抜きではなく正しい形です。

帰る → 帰れる
作る → 作れる
操る → 操れる

一方、「受身形」「尊敬形」の場合は、こうなります。

帰る → 帰られる
作る → 作られる
操る → 操られる

1グループのその他の動詞はどうでしょうか。(「可能形」/「受身形」「尊敬形」)

歌う → 歌える/歌われる
引く → 引ける/引かれる
話す → 話せる/話される
待つ → 待てる/待たれる
死ぬ → 死ねる/死なれる
結ぶ → 結べる/結ばれる
読む → 読める/読まれる

当然、ルールはあります。「○○-る」が特殊とかそういうことはありません。「可能形」は[-eru]、「受身形」「尊敬形」は[-areru]が付くということです。

続いて、2グループと3グループです。(「可能形」/「受身形」「尊敬形」)

借りる → 借りられる/借りられる
起きる → 起きられる/起きられる
変える → 変えられる/変えられる

来る  → 来られる/来られる
する  → できる/される

「可能形」、「受身形」、「尊敬形」がいずれも同じ形になります。(「する」は例外です)ここで「可能形」に、ら抜き言葉が生じます。

借りる → 借りれる
起きる → 起きれる
変える → 変えれる
来る  → 来れる

まとめると以下のとおりです。

「可能形」において…

  • 2グループの動詞と3グループの「来る」:本来『ら』があるべきものだが、脱落して「ら抜き言葉」になる
  • 1グループの「○○-る」タイプの動詞:もともと『ら』は入っていないので、脱落したものでも何でもない

共通点が「○○-る」の形であるがゆえに、混乱が生じてしまうわけです。言葉の乱れが言葉の乱れを引き起こしてしまっているように感じました。日本語を教えるときも、普通形が導入されて、1グループの「○○-る」タイプと2グループで、混乱する人がいます。普通形(肯定)の形が似ていますからね~。活用の仕方が違うとしか言えないかな…?いくつか活用したものを示すと、違いがあることと規則性は見て取れますね。

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