『帝一の國』

古屋兎丸『帝一の國』(全14巻)を読みました。

時は昭和。政治家や官僚を多く排出する海帝高校において、生徒会長になるべく奮闘する赤場帝一のお話です。

最初は帝一の勢いが良いと思っていましたが、中盤で嫌になり、後半で巻き返しました!(笑)途中で読むのを止めていましたが、2年生以降の話になってから一気に読んでしまいました。

登場するキャラクターの濃さが良いです。( ̄▽ ̄)

「~の中」が必要なときとは?

「箱の中にいる」?「箱にいる」?

「ネコはどこにいますか」と聞かれて、上の絵のような状況だった場合、何と答えますか。直感的に、aです。

1)ネコはどこにいますか。
a. 箱の中にいます。
b. 箱にいます。

次の例はどうでしょうか。

2)C先生はどこにいますか。
a. 55教室の中にいます。
b. 55教室にいます。

直感的にはbです。ただ、aも場合によっては使うと思います。

「~の中」を付けたり付けなかったりするのはなぜなのか、という質問は昔からありました。それについて、詳しく見ていきたいと思います。

接続する名詞の性質から考える

「~に」「~の中に」の、「~」に入るのは名詞です。その名詞の性質によって、必要なとき、どちらでもいいときがあるのではないでしょうか。1)では「箱」、2)では「教室」です。

1.場所(範囲の決まった空間)を表す名詞の場合は、「~に」で十分。

2)「教室」が当てはまります。範囲が決まっているので、あえて「中」という表現を付ける必要はないのだと考えます。

3)この町に外国人がたくさんいる。

4)運動場にハードルがある。

5)図書館に古文書がある。

「『~に』で十分」と書いた理由は、「~の中に」が使用不可とは言えないからです。範囲の「中」であることを明確に示したい(強調している)感じになるでしょう。ただ、4)の場合、「運動場の中に」というのは、やや違和感があるような…。

6)この町の中にまだ犯人がいるはずだ。

この場合は、「外」ではないということで「中」とはっきり言いたいのではないでしょうか。

2.場所を表す名詞以外の場合は、「~の中に」を使ったほうがいい。

最初は、「箱」を「空間」として捉えられるのではないかと思っていました。1)の例で、「b.(ネコは)箱にいます」がなんとなくしっくり来ませんでした。

「箱にいる」と言われて、「中にいる」というのが通常働く推論です。そう思うので、別に「中」が無くてもいいと思うのでしょう。ただ、「箱にいる」だけだと、いまいちはっきりしないような気がします。極端な話、「上に載っている(=蓋の上にいる)」と思う方もいるかもしれません。位置の表現がないと、適切に伝わらない可能性があります。

次の「車」「落ち葉」の例も見てみましょう。

7)a. C先生は車にいます。/b. C先生は車の中にいます。

8)a. ??ペットのポチは落ち葉にいる。/b. ポチは落ち葉の中にいる。

「車」は「~に」だけで良いとしても、「落ち葉」では「~に」が言えません。「車」は、「箱」と同様、範囲が決まった空間に捉えやすいので、原則1に近いのでしょう。完全に場所とみなしにくい「落ち葉」では、「~に」だけでは存在場所がはっきりわかりません。位置の表現が必要になります。

特に「中」であることを示す必要がある場合

上で見た「箱」「車」と同様、「鞄」も空間と見なしやすいモノの一つだと思います。存在文以外でも考えてみると、「中」とつけることで、場所がより明白になります。

職務質問の場合を考えてみました。

9)警察官:鞄の中を見せてください。

警察官は持ち物検査をするので、中を見たいわけです。「鞄を見せてください」と言われただけで、中まで見せる市民もいるとは思います。しかし、悪い市民は屁理屈を捏ねて、「鞄(外側)を見せたじゃないか!」というかもしれません。屁理屈で言葉の使い方を考えるのはどうかと思われそうですが…。言いたいことは、「中」であることを「はっきり示す」ということです。

10)b.は、いつも注意しているにもかかわらず、まだちゃんと捨てない人に苛立って、「中に入れろ」と強く言いたい気持ちがあるように思います。いかがでしょうか。

10)a. 紙類はごみ箱に捨ててください。/b. 紙類はごみ箱の中に捨ててください。

通常は言われなくたって、ごみはごみ箱に入れるわけです。ですが、わざわざ「中に」ということは、そこには何らかの意味が含まれているのでしょう。

まとめ

1.場所(範囲の決まった空間)を表す名詞の場合は、「~に」で十分。

2.場所を表す名詞以外の場合は、「~の中に」を使ったほうがいい。
 (空間的な要素があるモノは「中に」がなくてもいい十分な場合がある)

※空間的な要素があるモノというのは、「車」「箱」「鞄」「ごみ箱」など


とりあえず、この2点でどうでしょうか。これはあくまで学習者に最初の段階で示すならば、と考えた説明です。

「中」であることを明示的にする必要がある場合には、「~の中に」にしたほうがいいと思いますが、それがどういうときなのか理解させるのは、次の段階でいいのではないでしょうか。

学習者も直感的に「空間的な要素があるモノ」と「『中』をつけること」の関係を考えるのではないでしょうか。そこであえて「モノなんだから、中を付けなければダメ!」とするのは、厳しすぎると思います。

上記の原則で合わないものが見つかったら、また検討したいと思います。

『わかる「板書」伝わる「話し方」』

栗田正行著『わかる「板書」 伝わる「話し方」』を読みました。

昨年、板書の方法について考える勉強会を行いました。準備をしているとき、EDUPEDIAの「板書の基本スキル「CHALK」(チョーク)の法則」という記事を読みました。非常にわかりやすくまとまっていたので、先生方にも紹介しました。

この本には、上記記事の内容も載っていますし、話し方についても触れられています。日本の学校の教師(初中等教育の教師)向けで、「子ども」を相手と想定しています。日本語教師なら、「子ども」は「日本語学習者」と読み替えれば、9割はしっくりくる内容です。(残りの1割は、外国語教育や外国語学習者には当てはまりにくいと感じたところです)

( ;∀;)感動!じっくり読みましたが、すべてに頷いてしまいました。自分が同じように全て実行できているとは思いませんが、「こうありたい」と思う教師像が描かれていました。

読んだあと思ったのは、「学習者から信頼される教師になる」ことの重要性です。板書一つとっても、きちんと行うことが信頼につながるわけです。その他、一貫した態度であったり、偏りのない接し方であったり、学習者にとってわかりやすい説明をしたり…。筆者も「当たり前のこと」と言っているように、私も「当たり前のこと」だと思いました。ただ、それを意識しているか、していないかで、教師の質としては雲泥の差だろうと思います。

日本語教師も「教師」として、「教育者」として、どう立ち回るかは、教師になった以上、考えなければなりません。言葉や文法の知識だけ学んでも、決していい日本語教師にはなれないと思います。こういう本から学んでいかなければならないですね!

韻律読み上げチュータ スズキクンを使ってみた

手書きでイントネーションを書く手間を省く!

自分が準備した文章、学生が書いたスピーチ原稿などに、イントネーションを示す線を自分で書いた時代もありました。しかし、今やそれもオンライン上で自動的に作成することが可能になりました。\(^o^)/便利だー!

OJAD(オンライン日本語アクセント辞書)の4つの機能の一つ「韻律読み上げチュータスズキクン」です。

詩にピッチパターンを付ける

やり方は本家のサイトに詳しく書いてあります。ここでは私が使用した経緯と実際に操作した感想、授業へのお役立ち度などをご紹介したいと思います。

発音指導の一環で、詩の朗読を扱うことになったときがありました。ヤマを手の動きで示しても学習者がついて来られるとは思ったのですが、やはり視覚的な情報があったほうが練習がはかどると思いました。また、指導の担当が複数の教師でした。そのため、それぞれが適当なイントネーションを示したら、学習者が混乱すると思いました。手書きでもいいのですが、もうちょっとカッコよくしたくて、「スズキクン」を使ってみました。

相田みつをの「いのちのバトン」です。

まず、最初のフレーズだけ入れて様子をみました。区切りは「スラッシュ」にしました。その他、下に選択できる項目があります。デフォルトでは、「ピッチパターン」と「テキスト上のアクセント」が「上級者用」になっていましたが、あまり難しいことはしたくないと思って、この2つだけ「初級者用」にしました。

その後、「実行」をぽちっと押します。そうすると、こんな感じのピッチパターンが出てきます。アクセント記号(アクセント核が赤く表示される)、母音の無声化(網掛け部分)なども出てきます。

右上の「作成」をクリックすると、合成音声を聞いたり、WAV形式で保存したりすることができます。女性2種類、男性2種類の声があり、話速も選ぶことができます。ネイティブが近くにいないときは役に立つ機能かもしれませんね。今回は音声は不要なので、その隣の「印字」をぽちっとしました。別ウインドウで以下のページが開かれます。

白黒表示になります。なお、右クリックで単純に「画像を保存する」ではきちんと保存できませんでした。イントネーションの線だけが.png形式で保存されて笑ってしまいました(笑)結局、「スクリーンショット」をして「ペイント」に貼り付けて保存しました。もしかしたら、もっと単純な方法があるかもしれません。

なお、「父」のアクセントが実はちょっと気になりました。ふだん頭高型で発音していますが、結果は尾高型。アクセントとしては、別に間違っていないんです(どちらも言う)。しかし、違和感があったので、これは印刷する前に修正液で修正しました。(;・∀・)

実際の授業で

教師も学習者も共通認識が持てるので、非常に役に立ちました。( ̄▽ ̄)

ベトナム人学習者を相手にしていましたが、彼らはどうしても下がり続ける状態の発音が苦手です。どこかで上がりたくなってしまいます。「両親で四人」のあたりは、「上級者用」にするとアクセントも付くでしょう。でも、こういう下がった状態の練習ができたので、これはこれで良かったと思います。

また、他の人の発音を教師が修正しているときにも、主体的に何が違うか聞きながら、ブツブツ言っている様子も見られました。

もちろん機械がやっていることなので、どこか不自然さが生じてしまうのは否めませんが、今回は概ね問題ありませんでした。スラッシュの入れ方でフレーズが変わるので、詩の場合はニュアンスも変わってしまう気がしました。自分の感覚と、不自然さが生じにくいようにという考えとが合わさっていて、他人から見たら「ちょっと違うんじゃないか」と思われそうだなと…。

いろいろありますが、やってみると面白いと思います!(^o^)

 

『じょうずな勉強法 こうすれば好きになる』

心理学ジュニアライブラリ01『じょうずな勉強法 こうすれば好きになる

中高生向けに書かれた心理学の本です。勉強方法の具体的なものが書いてあるわけではなく、学習に向かう姿勢を心理学的な視点から見た本です。歴史や物理などの史実や法則などを、ただ覚えるのではなく、関連させて覚えたり、日常世界と結びつけたりして覚えたりすることで、学習そのものが面白くなるという話でした。

教師として読むと、間違えることは学びのチャンスであること、「学習観」の説明、疑問を持つことが理解や覚えることにつながる一歩だ、という話が興味深かったです。

学習観はふだん意識化されることがありません。「考える過程を重視する学習観」「意味を理解しようとする学習観」は良いと思いますが、次のパターンもよくあるようです。答えが正しければいい「結果主義」、意味もわからずに事実や手続きを覚える「暗記主義」、勉強は繰り返し慣れていき、学習量や時間ばかり気にする「物量主義」。(;・∀・)確かにこういう学習者はいますよね。

日本語学習者も、答えに至る過程を疎かにしてはいけないと思います。「正しく言えた、でも、どうしてそれが正しかったかわからないな~」と思って、教師に説明を求めたり、自分で調べたりできれば、いい学習ができているのでしょう。それができない人、また、上記の誤った学習観を持った人には、何らかの働きかけが必要ですね。

また、「自分と接点を持つということが、長い間忘れない知識となる」という話も印象的でした。日本語を教えるときも、導入や場面設定、言葉の1つ1つも、その学習者の状況などに関係づけることが重要だと思いました。

ただ「覚えなさい」というだけの教師の授業より、学習者と接点を持たせた内容の授業をすれば、負担など感じないで覚えることができるのではないでしょうか。

私事ですが、この本の物理や化学の話が面白かったです(笑)「別の知識と関連付ける」、「自分と接点を持つ」ということを体感したい方にもおすすめです。わかっているようで、本当はわかっていなかったことがわかりました。なんにでも疑問を持って、それを聞けるということは大事ですね。教師としては、それができる雰囲気を作ることが大切ですね。(*^_^*)